結婚・家族・地域共同体は
どう変わったのか

関口美奈子

こんにちは。関口美奈子です。
「家族の絆が弱くなった」と、よく言われますよね。
でも私は、逆だと思っているんです。
家族の絆が重くなりすぎて、みんなが耐えられなくなった。これが本当のところだと考えています。

かつて家族と地域は「総合企業」だった

少しだけ、昔の家族を思い浮かべてみてください。

子育ても、介護も、看取りも、食事づくりも、家計も、そして結婚相手を見つけることまで。
ひと昔前の家族と地域は、人生に必要なほとんどの仕事を、自分たちの手でこなす「総合企業」でした。
お見合いをまとめる世話好きのおばさんがいて、子どもは近所みんなで見て、お年寄りは家で看取る。それが当たり前だったんですよね。

私はこれを「家族の外注化(がいちゅうか)」と呼んでいます

ところが、社会が豊かになる中で、その仕事は一つずつ家族の外へ移っていきました。

子育ては保育園へ。介護は施設やヘルパーさんへ。食事は外食やお惣菜へ。
そして縁結びも、世話好きのおばさんから、結婚相談所やマッチングアプリへ。
恋愛結婚がお見合い結婚を追い抜いたのは、1960年代の後半のことです。家族が握っていた「縁を結ぶ仕事」が、いちばん早く外注されたんですね。

私はこの流れを「家族の外注化」と呼んでいます。
もちろん、これ自体は進歩です。プロに任せたほうが、子どもも安全だし、介護も専門的。便利で、ありがたいことですよね。

仕事を失った家族に残ったのは「愛情」だけ

でも、ここに落とし穴があります。

機能を一つずつ手放した結果、家族に最後に残った仕事は、「愛し合うこと」だけになりました。
共働き世帯が専業主婦世帯を追い抜いたのは1997年。いまや共働きはおよそ1300万世帯と、専業主婦世帯のおよそ倍以上です。みんなが外で働き、家庭の中の役割もどんどん薄くなっていきました。

役割という土台を失った家族は、「愛情」という、いちばん純度が高くて、いちばん壊れやすいものだけで支え合うことになります。
「家族なんだから愛し合えて当たり前」——その期待が重すぎて、すれ違ったときの傷も深くなる。
絆が弱ったのではなく、絆に求めるものが重くなりすぎたんです。

いちばん静かに消えたのは「ゆるい縁」

そしてもう一つ、大切なものが静かに消えました。
地域という「ゆるい縁」です。

近所づきあいや町内会のような、深くはないけれど、たしかにそこにあったつながり。
こうした「弱いつながり」が消えると、人に残るのは「家族という強い絆」か、「ひとりの無縁」か、その両極端だけになります。
ひとり暮らしの世帯はすでに全体の3割を超え、2050年には4割を超えると見込まれています。前回お話しした孤独化は、この「ゆるい縁の消滅」と地続きなんですよね。

「外注先」を、社会でどう作り直すか

では、どうすればいいのか。昔の家族に戻ろう、という話ではありません。

家族だけにすべての機能を背負わせる時代が限界を迎えたのなら、これからは社会の側が「ゆるい縁」を作り直していく番です。
地域の居場所づくりや、血縁によらないコミュニティ。これは立派な政治と政策の課題ですし、企業や私たち一人ひとりにもできることがあります。

そして個人としては、小さな「ゆるい縁」を自分から結んでいくこと。
先に挨拶をする、先に与える。そんな「持てる人」の心の余裕こそが、外注しきれなかった縁を、もう一度あたためていくのだと思います。

出典:国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(2024年推計)」、総務省「国勢調査」、労働政策研究・研修機構「専業主婦世帯と共働き世帯」、国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査」。

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