こんにちは。関口美奈子です。
「推し」がいる毎日は、本当に幸せそうですね。会いに行き、応援し、心をときめかせる。その熱量は、まぎれもなく恋に似ています。
そして、こんな言葉をよく聞きます。「生身の恋愛より、推しのほうが安心できる」。
これを、現実から逃げているだけ、と片づけるのは間違いだと私は思います。人はとても賢く、“絶対に裏切られない恋愛”を選んでいるんです。私はこれを「疑似恋愛の安全圏」と呼んでいます。
推し活は、もう小さな趣味ではない
まず、規模の話から。
アイドル、配信者、アニメ、2.5次元——いわゆる「推し活」は、いまや何千億円ともいわれる巨大な営みに育ちました(矢野経済研究所などの市場調査)。多くの人が、時間とお金と心を、推しに惜しみなく注いでいます。
これだけ多くの人が夢中になるのには、必ず理由があります。「最近の若者が現実を避けている」などという、雑な説明で済ませてはいけないんですね。推し活の人気は、いまの私たちの心が何を求めているかを映す、大切な鏡なんです。
なぜ、推しには安心して恋ができるのか
では、その理由を考えてみましょう。
推しへの想いには、生身の恋愛につきものの“こわさ”がありません。
振られることがない。浮気されることもない。喧嘩もなければ、幻滅もしにくい。あなたが応援するかぎり、推しはいつも輝いていてくれる。
そこには、あらかじめ安全な距離が設計されているんです。深入りして傷つくことのない、ちょうどいい間合い。だからこそ、安心して心をめいっぱい差し出せる。これが「疑似恋愛の安全圏」です。リスクを負わずに、恋のときめきだけを受け取れる場所、というわけですね。
これは「逃避」ではなく、賢いリスク回避
ここが、いちばんお伝えしたいところです。
安全圏を選ぶことは、弱さでも、現実逃避でもありません。むしろ、とても合理的な判断なんです。
これまでのコラムでお話ししてきたとおり、いまの社会は人と人の縁がやせ細り、生身の恋愛はどんどん“リスクの高いもの”になっています。傷つけられるかもしれない、拒まれるかもしれない、時間もお金も無駄になるかもしれない——。
そんな高リスクな賭けに出るより、確実にときめける安全圏を選ぶ。これは、追い詰められた心の、かしこい自衛です。
つまり推し活の隆盛は、個人の問題ではなく、生身の関係をここまで“割に合わないもの”にしてしまった社会が生んだ現象なんですね。以前「縁の市場化」「親密さのインフレ」と呼んだ流れの、ひとつの避難先でもあります。
ただし、安全圏には「相互性」がない
とはいえ、安全圏にも、そっと心に留めておきたい代償があります。
それは、感情が一方通行になりがちだということ。
推しはあなたを名前で呼んではくれませんし、あなたの弱った夜に駆けつけてもくれません。そこには、与え合い・支え合う「相互性」が、どうしても生まれにくいんです。
先日のコラムで、決して摩擦のないAIの恋人を「無摩擦の親密さ」と呼びました。推しの安全圏も、これとよく似ています。傷つかない代わりに、自分が誰かに本当に必要とされる、あの震えるような実感は得にくい。
安全圏は、心の避難所としては、とても優秀です。でも、そこに住みつづけてしまうと、生身の関係を結ぶ力が、少しずつ細っていくかもしれません。
安全圏を出口に変える
誤解しないでくださいね。推し活を否定する気は、まったくありません。人生を彩り、明日を生きる力をくれる推しの存在は、本当に尊いものです。
私が願うのは、安全圏を“閉じこもる部屋”ではなく、“元気を補給して外へ出る出口”にしていくこと。
推しからもらったときめきや勇気を、ほんの少しでいいので、生身の誰かへ向けてみる。先に心を開き、相手の面倒なところごと受け止め、与えることを恐れない——そんな「持てる人」のふるまいを、現実の縁でも一歩だけ試してみる。安全圏は、その一歩を支える充電器になってくれるはずです。
そして社会の側にも宿題があります。これほど多くの人が安全圏に避難するのは、生身の関係があまりに無防備で、こわいものになっているから。誰もが安心して人とつながれる場や仕組みを取り戻すことは、これからの大切なテーマだと思います。
推しに恋できるあなたの心は、ちゃんと豊かなんです。その豊かさを、いつかすぐ隣の誰かにも。私はそう願っているんですよね。
出典:「推し活」関連市場・オタク市場の規模に関する各種調査(矢野経済研究所ほか)を参照。具体的な金額・人数を断定する記述は避け、傾向として記述しています。