こんにちは。関口美奈子です。
レンタル彼氏。レンタル彼女。話し相手のレンタル。そして、結婚式や、行事に、家族のふりをして出席してくれる「レンタル家族」まで。——いま、お金を払えば、つながりや、家族さえも、「レンタル」できる時代に、なりました。
はじめて聞くと、奇妙に思えるかもしれません。でも、こうしたサービスが、たしかに需要を集めている。それは、なぜなのか。今日は、「親密さのレンタル化」という現象が、私たちに突きつけているものを、考えてみたいと思います。
つながりが「商品」になった
まず、押さえておきたいのは、これが、ごく一部の、特殊な現象では、ないということです。背景には、縁が市場化した、大きな流れがあります。
地域や、親戚や、職場が、自然に与えてくれていた「つながり」が、やせ細った。すると、その空いた穴を、市場が、埋めにくる。出会いはマッチングアプリで、孤独はサブスクのサービスで、そして、家族の代わりは、レンタルで。——人と人の、温かいつながりが、一つひとつ、「お金で買う商品」へと、置き換えられていく。レンタル家族は、その流れの、いちばん象徴的な姿なのです。
なぜ「家族のふり」に、お金を払うのか
では、なぜ人は、「家族のふり」にまで、お金を払うのでしょう。そこには、切実な、二つの心があります。
一つは、つながりへの、空腹です。誰かに、隣にいてほしい。話を聞いてほしい。その飢えが、本物でなくてもいいから、ぬくもりの「形」を、求めさせる。もう一つは、世間体の、つらさです。「結婚式に、親族がいないと、恥ずかしい」「一人だと、まわりに、何か思われる」。——本物の縁がない寂しさと、それを隠したい見栄。この二つが、レンタルという、奇妙なサービスを、必要としているのです。それは、笑い話ではなく、とても、切ない需要です。
レンタルで「埋まるもの」と「埋まらないもの」
ここで、冷静に、考えてみましょう。レンタルされた親密さは、いったい、何を埋め、何を、埋められないのでしょうか。
埋まるのは、「形」です。隣に、人がいるという形。家族が、そろっているという形。寂しい時間を、一時的に、紛らわせてくれる。それは、決して、無意味では、ありません。けれど、埋まらないものが、あります。それは、「時間をかけて、積み重ねた、関係の重み」です。あなたの過去を知り、未来を共にし、見返りなく、心配してくれる——そんな縁は、レンタルできません。契約が終われば、消えてしまう親密さは、本物の親密さの「不在」を、かえって、くっきりと照らし出すのです。
「買えるぬくもり」が映す、本当の渇き
私が、この現象から、いちばん感じるのは、これです。お金で買えるぬくもりが、これほど求められるのは、お金で買えないぬくもりが、それほど、足りていないからだ、ということ。
レンタル家族の隆盛は、私たちの社会が、いかに、本物の縁に、飢えているかの、証拠です。優しいAIの恋人と、同じ構造です。摩擦のない、契約されたぬくもりに、人は、つかの間、救われる。でも、その快さの裏で、本当の渇きは、いっそう深まっていく。レンタルは、孤独の、対症療法ではあっても、治療では、ないのです。
本物の縁は、レンタルできない
だからこそ、最後に、言いたいのです。レンタルされた親密さを、否定はしません。今、それで救われている人を、誰が責められるでしょう。でも、それを、ゴールにしては、いけない。本物の縁を、あきらめる言い訳に、してはいけないのです。
時間をかけて、見返りなく、心配し合える関係。契約ではなく、選び合った絆。——それは、たしかに、手間がかかり、効率も悪い。でも、その「買えないぬくもり」こそが、人を、本当に支えるものです。レンタルで、形だけを埋め続けるより、不器用でも、本物の縁を、一つずつ育てていく。その地道な道のりの先にしか、本当の安心は、ありません。
孤独や、縁をめぐる社会のお話は、講演や取材でもお伝えしています。そして、本物の出会いを探す方は、よければ一度、ご相談くださいね。
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