親元を出ないのは
甘えなのか

関口美奈子

こんにちは。関口美奈子です。
「いい年をして、まだ実家にいるなんて」。そんな声を、いまも耳にします。実家暮らしの若者を、甘えているとか、自立できていないとか、決めつける空気ですね。
でも、私はまったくそう思いません。若い人が親元を離れないのは、甘えのせいではなく、一人で生きるコストが、独立を“贅沢”にしてしまったからです。私はこの現象を「巣立ちの遅延」と呼んでいます。

実家にとどまる大人が、増えている

まず、現実を見てみましょう。
成人しても親と同居を続ける未婚の人は、けっして少数派ではありません。各種の統計でも、親と同居する未婚者の割合は高い水準にあることが示されています(総務省や国の関連調査より)。かつてのように「就職したら一人暮らし」が当たり前、とは言えなくなってきました。

これを「最近の若者は意気地がない」と片づけるのは簡単です。でも、これだけ多くの人が同じ選択をしているなら、そこには個人の気質を超えた、共通の理由があるはずなんですね。

なぜ、巣立てないのか

理由は、はっきりしています。お金です。
一人暮らしを始めるには、家賃、敷金礼金、家具家電、そして毎月の生活費がかかります。ところが、その負担は年々重くなる一方です。

都市部を中心に家賃や物価は上がり続けているのに、若い世代の給料は、それに見合うほど増えていません。
つまり、独立に必要なコストが上がり、それを支える収入が伸び悩んでいる。一人で暮らすこと自体が、相当な余裕がなければ手の出せない“贅沢品”になりつつあるんです。これが「巣立ちの遅延」の正体です。実家にとどまるのは、だらしないからではなく、限られたお金を守るための、とても合理的な判断なんですね。

これは「甘え」ではなく、自立の贅沢品化

ですから、実家暮らしの人を責めるのは、筋違いだと私は思います。
以前のコラムで、子育てが高級品になっていく流れを「子育ての贅沢品化」と呼びました。いま起きているのは、それとまったく同じ構図です。

かつては当たり前にできた「独立」が、いつのまにか、ゆとりのある人にしか手が届かないものになった。あなたが甘えているのではなく、自立が贅沢品にされてしまった。順番を、取り違えてはいけません。
むしろ、限られた収入のなかで親と支え合いながら賢く暮らすのは、立派な生活力ともいえます。問題は個人の心がけではなく、若者から「ふつうに独立できる」当たり前を奪った、経済の構造のほうにあるんです。

巣立ちの遅延は、未婚化の静かな入口

そして、この問題は、結婚とも深くつながっています。
巣立ちの遅延は、未婚化・晩婚化の、静かな入口になっているからです。

考えてみてください。人が家庭を築くまでには、たいてい段階があります。まず自分の足で生活を立て、自分の暮らしに自信を持ち、それから誰かと一緒になることを考える。
その最初の一段——「自立」というステップで足踏みしてしまえば、その先の恋愛や結婚も、自然と遠のいていきます。経済的な土台がぐらついたまま、新しい家庭を背負う決心は、なかなかつきません。
少子化や未婚化を語るとき、私たちはつい結婚そのものに目を向けがちです。でも本当は、もっと手前の「巣立てるかどうか」の段階で、すでにつまずきが始まっているんですね。

巣立てる社会を、取り戻す

では、どうすればいいのでしょう。答えの方向は、はっきりしています。
若い人が、ふつうに巣立てる経済の土台を取り戻すこと。これに尽きます。

手の届く家賃の住まいを増やし、若い世代の賃金を底上げし、独立の最初の一歩を社会が後押しする。自立を“贅沢品”から“当たり前”へと戻していくことは、まぎれもなく政治の仕事であり、めぐりめぐって未婚化・少子化の対策にもなります。
そして、一人ひとりにできることもあります。実家暮らしを恥じる必要はまったくありません。いまの場所でできる小さな自立——家計を分担する、貯えをつくる、生活の技術を身につける——を、自分のペースで積み重ねていけばいい。そして周りの私たちは、若い人の足踏みを甘えと決めつけず、その背中をあたたかく支える「持てる人」でありたいですね。
巣立ちは、早さを競うものではありません。誰もが安心して羽を広げられる社会を、もう一度つくっていきたいと思うんです。

出典:総務省「国勢調査」「住宅・土地統計調査」等(親との同居・住居費の動向)、若年層の所得・雇用に関する各種調査。具体的な数値を断定する記述は避け、傾向として記述しています。

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