こんにちは。関口美奈子です。
スマホを開けば、ポケットの中に何百人もの「候補」がいる。人類の歴史で、これほど出会いに恵まれた時代はありません。
なのに——「いい人がいない」「もう疲れた」という声が、かつてないほど増えています。出会いの数は史上最多なのに、人はかつてないほど“選べない”でいる。私はこの不思議な行き詰まりを「選択の過積載」と呼んでいます。
マッチングアプリは「出会いの数」を爆発させた
まず、明るい事実から。
マッチングアプリは、出会いのかたちを大きく変えました。職場や友人の紹介に頼らなくても、自分のペースで人と知り合える。リクルート ブライダル総研の調査でも、いまや結婚のきっかけとして、ネット系の婚活サービス・アプリは最上位の一つに並ぶまでになりました。
道具としては、本当によくできています。出会いの「入口」を、これほど広げた発明はありません。問題は、入口が広がったその先で、私たちの心に起きていることなんですね。
なぜ、数が増えると「選べなく」なるのか
ここで、ひとつの有名な実験をご紹介します。
スーパーでジャムを売るとき、24種類を並べた日と、6種類だけ並べた日を比べたところ——たくさん並べた日のほうがお客さんは足を止めたのに、実際に「買った」人は、種類が少ない日のほうがずっと多かったのです。
選択肢が多すぎると、人は迷い、比べ疲れ、最後には「選ばない」を選んでしまう。心理学ではこれを「選択のパラドックス」と呼びます。
マッチングアプリで起きているのは、まさにこれの恋愛版です。次から次へと現れる候補。スワイプすればまた次。「もっといい人がいるかも」が無限に続き、決められないまま消耗していく。これが「選択の過積載」の正体です。荷物を積みすぎた船が、かえって前に進めなくなるように、です。
スワイプは、人を「品定めモード」にする
さらに、もう一つの作用があります。
顔写真を一秒で左右に振り分ける——あの動作を繰り返すうちに、私たちは知らず知らず、人を「条件で値踏みする目」で見るようになっていきます。
身長、年収、見た目、肩書き。スペックの一覧で人を比べる癖がつくと、目の前の相手の中にある“縁”の温度が、だんだん感じ取れなくなる。
以前のコラムで、私は人間関係が値踏みの対象になっていく流れを「縁の市場化」と呼びました。アプリ疲れは、その市場化が私たち自身のまなざしにまで及んだ姿なんですね。相手を品定めしているつもりが、いつのまにか自分の心まで、すり減らしている。
これは「意志の弱さ」ではなく、仕組みの問題
ですから、これだけはお伝えしたいんです。
アプリで疲れてしまうのは、あなたの根気が足りないからでも、選り好みが激しいからでもありません。
考えてみてください。多くのアプリは、あなたが“すぐに”理想の相手と結ばれて卒業してしまっては、商売になりません。使い続けてもらうことで成り立つ仕組みです。だから候補は尽きないように設計され、「もっといい人がいるかも」という気持ちは、そっと煽られ続ける。
つまり、選択の過積載は、あなたの性格の問題ではなく、「選ばせ切らない」ことで利益が出る構造が生んでいる面が大きいんです。仕組みの上で疲れているのに、それを自分の欠点だと思い込まないでください。
「選択の過積載」から、降りる
では、どうすればいいのでしょう。私は、二つの方向をお勧めしています。
ひとつは、一人ひとりの工夫です。
大切なのは、「最高の一人」を探すのをやめ、「十分に良い相手」を選び切ること。心理学では、すべてを比べ尽くそうとする人より、自分の基準を満たしたら決められる人のほうが、結果的に幸福度が高いと分かっています。
候補を無限に広げるのではなく、会う人数も、見る条件も、あえて絞る。そして一度会うと決めたら、画面の中で比べるのをやめて、目の前のその人と向き合う。選択肢を減らす勇気こそ、過積載を解く鍵なんですね。
もうひとつは、社会の側への問いです。
これだけ多くの人が出会いをアプリに頼る時代になった以上、その設計が私たちの心や、社会の少子化にどう影響しているかは、もう個人だけの話ではありません。「人を使い続けさせる」ことではなく「人がちゃんと結ばれる」ことに報いる仕組みへ——プラットフォームのあり方を社会として問うていくことも、これからの立派なテーマだと思います。
出会いの入口は、もう十分に広がりました。次に私たちに必要なのは、たくさんの中から一つを選び、そこに腰を据える力なのかもしれませんね。
出典:リクルート ブライダル総研「婚活実態調査」(結婚のきっかけ)、Sheena Iyengar & Mark Lepper(2000)ジャムの選択実験、Barry Schwartz『The Paradox of Choice(選択の科学/なぜ選ぶたびに後悔するのか)』。