社会・論考

「ひとりで死ねる
時代」は幸せか

関口美奈子

こんにちは。関口美奈子です。
いま、日本は「多死社会」へと、入っていこうとしています。人口の多い世代が高齢になり、亡くなる人が、年々増えていく。そして、その人たちの多くが、一人で暮らし、一人で、最期を迎える。単身世帯は、もはや、いちばん多い世帯のかたちになりました。
「ひとりで死ねる」ことが、珍しくなくなった時代。それは、自由で、身軽な、幸せな時代なのでしょうか。今日は、「看取りの空白」という、最後の孤独について、考えてみたいと思います。

「最期」までもが、外注できる時代

かつて、人の最期は、家族が看取るものでした。けれど、その前提は、もう崩れています。家族がいない、あるいは、いても疎遠。——そんな人が、増え続けています。

そこで登場したのが、「最期」を支える、さまざまなサービスです。身元保証の代行。生前の契約。葬儀や、遺品整理の手配。おひとりさまの「終活」は、いまや、一つの産業になりました。お金さえあれば、家族がいなくても、きちんと、最期を迎えられる。これは、たしかに、ありがたい仕組みです。けれど、ここにも、縁が市場化した社会の、影が、差しています。最期までもが、お金で買う「サービス」に、なっていくのです。

「自由に死ねる」の、その裏で

「誰にも、迷惑をかけずに、ひとりで、すっきり死にたい」。そう望む人は、少なくありません。その気持ちは、よく分かります。けれど、その「自由」の裏で、静かに失われているものが、あります。

それは、「看取られる」という経験です。手を握られながら、見送られること。「ありがとう」「お疲れさま」と、声をかけられること。誰かの記憶の中に、自分の生きた証を、残していくこと。——お金で手配できるのは、最期の「手続き」です。でも、最期に交わされる、まなざしや、ぬくもりは、どんなサービスでも、外注できません。自由に死ねる時代は、同時に、誰にも看取られずに死ぬ時代でも、あるのです。

「看取りの空白」は、生き方の鏡

私が、「看取りの空白」と呼ぶのは、この、最期に誰もいないという、縁の最終形態のことです。そして、これは、突然、訪れるものでは、ありません。

看取りの空白は、その人の、これまでの生き方が、最後に映し出されたものです。忙しさの中で、人とのつながりを、後回しにしてきた。効率を優先して、手間のかかる関係を、削ってきた。——その積み重ねが、最期の景色を、決めていく。だからこそ、看取りの空白は、高齢者だけの問題では、ありません。中年の孤独の延長線上に、それは、静かに、待ち構えているのです。

死は、最後まで「関係」の中にある

ここで、私が、いちばん伝えたいことを言います。死は、一人だけの出来事では、ありません。最後まで、誰かとの「関係」の中に、あるものです。

人は、自分の死を、自分では、見届けられません。自分の生が、どんなものだったかを、確かめてくれるのは、いつも、残された誰かです。だから、看取りとは、亡くなる人のためだけでなく、見送る人が、その人の生を、受け取る儀式でもある。「ひとりで死ねる」ことを、ゴールにしてしまうと、私たちは、人生のいちばん最後で、人とつながる、その意味を、手放してしまうのです。

だからこそ、縁を、後回しにしない

では、私たちは、どうすればいいのでしょう。答えは、シンプルです。生きているうちに、縁を、後回しにしないこと。それに尽きます。

最期に看取ってくれる人は、最期になって、急に現れたりは、しません。日々の、小さなつながりの、積み重ねの先にしか、いない。家族でも、友人でも、パートナーでも、いい。手間のかかる関係を、効率の名のもとに、切り捨てない。——それが、「看取りの空白」を、埋めていく、唯一の方法です。死を考えることは、暗いことではなく、「今、誰と、どう生きるか」を、問い直すこと。最期から逆算したとき、本当に大切なものが、見えてきます。
孤独や、縁をめぐる社会のお話は、講演や取材でもお伝えしています。ご関心のある方は、よければお気軽にご相談ください。

このテーマは、YouTube「モテ男TV」でも動画で発信しています。
恋愛・結婚・男磨きのヒントを、動画でものぞいてみませんか。

▶ モテ男TV(YouTube)を見る

よくある質問

「ひとりで死ねる時代」は幸せなのでしょうか?
身元保証も終活も外注でき、ひとりで死ぬことが珍しくなくなりました。自由に見えますが、その裏で私たちは「看取りの空白」という最後の孤独を抱えはじめています。
おひとりさまの最期で失われるものは何ですか?
誰かに見守られて逝くという「関係」です。手続きは外注できても、最期まで人は関係の中で生きたい存在。空白は、その人がどう生きてきたかの鏡でもあります。
ひとりでも安心して最期を迎えるには?
縁を後回しにしないことです。死は最後まで関係の中にあります。元気なうちから、頼れる人やゆるいつながりを少しずつ育てておくことが、最後の孤独を和らげます。

関連ページ

← コラム一覧 日本でいちばん孤独なのは誰か 日本社会はなぜ孤独化したのか