なぜ結婚しなくても
平気になったのか

関口美奈子

こんにちは。関口美奈子です。
「結婚しなくても、別に困らないんですよね」。いま、本当によく聞く言葉です。
では、人は寂しさを感じなくなったのでしょうか。いいえ、そうではありません。結婚しなくても平気になったのは、寂しさが消えたからではなく、寂しさが、ひとりでも“快適に過ごせるもの”として売られ始めたからです。私はこの現象を「孤独の商品化」と呼んでいます。

「ひとり」が、こんなにも快適になった

少し見回してみてください。いま、世の中は「おひとりさま」にとても優しくできています。

一人用の焼肉店、カラオケ、きれいな単身向けの部屋、コンビニの一人前の総菜、いつでも楽しめる動画やゲーム。かつては「さびしい」とされた一人の時間が、いまや快適で、むしろ自由なものとして提供されています。
単身世帯はいまや日本でいちばん多い世帯のかたちになりました(国勢調査より)。社会も市場も、その「おひとりさま」に合わせて、どんどん便利になっている。一人で生きることの不便が、サービスによって次々に取り除かれているんですね。

結婚の「必要性」が、市場に溶けていった

ここで、大切な視点をお伝えします。
かつて結婚には、愛情だけでなく、たくさんの“実用的な必要”が詰まっていました。

食事を作ってもらう、生活を支え合う、病気のときに頼る、寂しさを埋める——。一人では抱えきれない暮らしの機能を、結婚という形で分担していたわけです。
ところが今、その機能の多くを、市場が肩代わりしてくれるようになりました。家事は外注でき、食事は買え、寂しさは娯楽で紛らわせる。結婚しなければ得られなかったものが、お金を払えば手に入る時代になったんです。こうして、結婚の「必要性」の部分は、静かに市場へと溶けていきました。私が以前お話しした「縁の市場化」が、ついにここまで来た、ということなんですね。孤独さえも、商品が引き受けてくれる時代です。

これは「冷たさ」ではなく、進歩の果実でもある

誤解しないでいただきたいのは、私はこれを嘆いているわけではない、ということです。

一人で快適に生きられる社会は、まぎれもない進歩です。結婚を、生活のために仕方なく選ぶのではなく、本当に望む人とだけ結べるようになった。望まない我慢から解放された人が大勢いるはずで、それは素晴らしいことです。
ですから、「結婚しなくても平気」を、人の心が冷たくなった証だと決めつけるのは間違いです。それは、個人が自由を手に入れた、豊かさの果実でもあるんですね。責められるべきことなど、何もありません。

ただし、市場が埋められないものがある

でも、ひとつだけ、心に留めておきたいことがあります。
市場は、生活の「機能」は引き受けてくれます。けれど、引き受けられないものがあるんです。

それは、あなたの存在を無条件に喜んでくれる人。理由もなくそばにいてくれる人。弱ったとき、損得ぬきで駆けつけてくれる人——つまり「相互の縁」です。
お金で買える快適さは、いざというとき、ふっと頼りなくなることがあります。サービスは、あなたを名前で呼んではくれませんから。一人の快適さに慣れきってしまうと、この、市場では決して買えない縁を結ぶ力が、知らないうちにやせ細っていく。便利さの陰で、ほんとうに必要なものを手放していないか。そこだけは、ときどき立ち止まって確かめたいんですよね。

「選べる孤独」を、豊かに生きる

では、どうすればいいのでしょう。私は、二つの方向から考えています。

ひとつは、一人ひとりの心がけです。
一人の快適さを楽しむのは、大いに結構です。そのうえで、市場では買えない縁を、意識して一つでも育てておくこと。利害のない友人、ゆるくつながれる場所、損得ぬきで与え合える相手。先に手を差し出せる「持てる人」のふるまいは、ソロ社会だからこそ価値を増します。結婚という形にこだわらなくても、人と支え合う縁は結べますから。
もうひとつは、社会の側の備えです。単身世帯が当たり前になった社会では、家族を前提にしてきた制度——医療、介護、住まい、看取り——が、現実に合わなくなっていきます。一人で生きる人が、孤立せずに安心して暮らせるしくみを整えることは、これからの社会の急務です。
一人で生きられること自体は、素敵な自由です。その自由を、孤立ではなく、ゆるやかな縁とともに、豊かに生きていけたらいいですよね。

出典:総務省「国勢調査」(単身世帯の動向)、「おひとりさま」関連の消費・市場に関する各種調査。具体的な数値を断定する記述は避け、傾向として記述しています。

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