社会・論考

恋愛結婚はいつ
当たり前になったのか

関口美奈子

こんにちは。関口美奈子です。結婚相談所を運営しています。
「好きな人と出会って、恋をして、結婚する」。私たちは、それをごく当たり前のことだと思っています。けれど、少しだけ立ち止まって考えてみてください。
じつは、恋愛して結婚するというスタイルは、人類の長い歴史のなかではごく最近の「発明」にすぎないのです。ほんの数十年前まで、結婚とは恋ではなく、家と家の取り決めでした。今日は「見合いの絶滅」というテーマで、なぜ私たちが今こんなにも「出会えない」と悩むようになったのか、その正体を歴史からたどってみたいと思います。

かつて結婚は「恋」ではなく「家」のものだった

まず大前提として、長いあいだ結婚は、個人の恋愛感情で決めるものではありませんでした。

結婚とは、家と家を結びつけ、家を存続させ、財産や立場を次の世代へ受け渡すための「制度」でした。誰と一緒になるかは、本人の好みよりも、家の都合で決まる。戦国時代の婚姻を見れば、それは一目瞭然です。婚姻はそのまま同盟であり、外交であり、ときに戦を避けるための切り札でした。江戸の世になっても、武家や商家にとって縁組みは家の一大事。本人同士が顔を合わせるより先に、話がまとまっていることも珍しくありませんでした。「好きだから結婚する」という発想そのものが、ほとんど存在しなかったのです。

「お見合い」と「仲人」が結婚の主役だった時代

では、そうした家と家をどう結びつけたのか。そこで活躍したのが、仲人であり、お見合いという仕組みでした。

地域に顔の広い世話好きの人がいて、「あの家の息子さんに、こちらの娘さんはどうか」と縁談を持ち込む。釣り合いを見て、双方の家を取り持ち、顔合わせの席を整える。これが、ついこの間まで日本のあちこちで当たり前に行われていた結婚の風景です。個人が自力で相手を探すのではなく、社会のなかに「縁を取り持つ仕組み」がしっかり組み込まれていた。ここがとても大事な点です。本人が積極的でなくても、年頃になれば誰かが世話を焼いてくれる。出会いは、待っていれば向こうからやってくるものでもあったのです。

恋愛結婚が、見合い結婚を追い抜いた

その風景が、大きく塗り替わります。転機は、戦後の高度成長期でした。

人々が地方から都市へと移り住み、核家族化が進むと、それまで縁談を支えてきた地域や親戚の濃い結びつきが、急速にほどけていきました。同時に、映画やドラマ、歌が描く「自由な恋愛」への憧れが広がります。自分の意思で相手を選び、恋をして結ばれる——それが新しい時代の理想になっていったのです。こうして昭和の半ば頃を境に、恋愛結婚の割合が見合い結婚を上回るようになったと、広く知られています。結婚は「家のもの」から「個人のもの」へ。これは間違いなく、自由の獲得でした。

「見合いの絶滅」がもたらしたもの

恋愛結婚が当たり前になる一方で、静かに、しかし決定的に失われたものがあります。それが、仲人とお見合いという「縁を取り持つ仕組み」です。私はこれを「見合いの絶滅」と呼んでいます。

かつて社会に組み込まれていたお節介な仲人は、もうほとんど見かけません。「いい人がいたら紹介するわよ」と言ってくれる人も、年々減っています。つまり私たちは、相手を自力で見つける全責任を、個人として背負う時代に生きているのです。自由には、いつも代償がついてきます。自由に選べるということは、裏を返せば、誰も選んでくれないということ。恋愛結婚という発明は、出会いの責任を丸ごと一人ひとりの肩に乗せた、ともいえるのです。

出会えないのは、あなたのせいではない

ここで、ぜひ知っておいてほしいことがあります。今あなたが「なかなか出会えない」と感じているのは、あなたの努力や魅力が足りないからではありません。

かつては社会のなかにあった「縁を取り持つ仕組み」が、まるごと消えてしまった。それだけのことなのです。仲人がいなくなり、お見合いが絶滅した今、出会いはすべて自己責任の世界になりました。お見合いの場での会話に不慣れな人が増えたのも、当然のことです。練習する場も、教えてくれる人も、社会から消えてしまったのですから。出会えないのは、能力の問題ではなく、仕組みが失われた社会の構造の問題。まずは、自分を責めるのをやめてください。

仲人機能を、現代に取り戻す

では、絶滅してしまった仲人の機能は、もう二度と戻らないのでしょうか。私は、そうは思いません。その役割を、形を変えて担い直しているのが、現代の結婚相談所です。

釣り合いを見て相手を引き合わせ、顔合わせの席を整え、二人の背中をそっと押す。かつて地域の世話好きがやっていたことを、いまはプロのカウンセラーが、より丁寧に、より公平に行っています。これは、自由を手放して昔に戻ることではありません。自由に選べる時代の良さはそのままに、失われた「縁の仕組み」だけを取り戻すという、新しい選択です。運命の人は、ただ待っていれば現れるものではなくなりました。だからこそ、出会いを取り持つ仕組みを、もう一度自分のそばに置いてみることに、大きな意味があるのです。

まとめ:自由の代償を、仕組みで埋める

恋愛結婚は、人類の歴史のなかではごく最近の発明でした。結婚は「家のもの」から「個人のもの」へと自由になり、その代わりに、仲人とお見合いという縁の仕組みは絶滅した。出会えない人が増えたのは、自由の代償であり、社会構造の変化の結果なのです。

もしあなたが今、出会いに行き詰まりを感じているなら、それは決して恥ずべきことでも、あなただけの問題でもありません。失われた仕組みを、自分の手で取り戻せばいいだけのこと。私たちが運営する結婚相談所は、まさにその「現代の仲人」でありたいと思っています。本気で結婚を考えている方は、よければ一度、無料相談でお話を聞かせてくださいね。

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よくある質問

恋愛結婚はいつから当たり前になったのですか?
恋愛して結婚するスタイルが多数派になったのは、人類の歴史で見ればごく最近のことです。かつて結婚は家と家の取り決めで、お見合いと仲人が主流でした。日本では昭和の半ば頃を境に、恋愛結婚の割合が見合い結婚を上回るようになったと広く知られています。
なぜお見合いや仲人の文化はなくなったのですか?
戦後の高度成長とともに人が都市へ移り、地域や親戚の結びつきが薄れたことで、縁談を取り持つ仲人の役割が急速に減っていきました。恋愛結婚が理想とされるようになり、結婚は家ではなく個人の自由な選択になった一方、相手を自力で見つける責任もすべて個人に移りました。
出会えないのは自分の努力不足なのでしょうか?
そうとは限りません。かつて社会には縁を取り持つ仕組みが組み込まれていましたが、その仕組みが消えた今、出会いの責任だけが個人に残されています。出会えないのは能力の問題ではなく、仲人機能を失った社会の構造の問題でもあります。その役割を担い直しているのが、現代の結婚相談所です。

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