男女の役割観は
どう変化したのか

関口美奈子

こんにちは。関口美奈子です。
「男女平等が進んだのに、どうして男も女も、こんなに生きづらいんだろう」
そう感じたことはありませんか?
その正体は、平等が中途半端だからではありません。古い台本を捨てたのに、新しい台本をまだ誰も書いていないから。私たちは今、「役割の空白」を生きているんです。

「男は稼ぐ、女は守る」は、実はごく最近の発明

意外に思われるかもしれませんが、「夫が外で働き、妻が家を守る」という形は、人類がずっと続けてきた伝統ではありません。

農業が中心だった時代、女性は立派な働き手でした。畑でも家業でも、男女は一緒に汗を流していたんですね。
「夫だけが稼ぎ、妻は専業で家庭に入る」という分業が広く根づいたのは、戦後の高度成長期。歴史で見れば、ほんの数十年の、しかも短い期間の常識でしかなかったんです。

その台本は、1997年に失効した

そして、その短い台本にも、はっきりと終わりが来ます。

共働き世帯が専業主婦世帯を追い抜いたのが、1997年。
そこから差は開き続け、いまや共働きはおよそ1300万世帯、専業主婦世帯のおよそ倍以上です。
「男が一人で家族を養う」という前提は、もう多くの家庭で成り立たなくなりました。台本は、静かに失効していたんですね。

でも、新しい台本はまだ書かれていない

問題はここからです。
古い台本は失効したのに、それに代わる新しい台本を、社会はまだ用意できていません。私はこの状態を「役割の空白」と呼んでいます。

女性は、仕事も家庭も期待され、「働きながら、家のこともちゃんと」という二重の負担を抱えがちです。
男性は、「稼ぐこと」が唯一の価値だと教わってきたのに、その前提が崩れ、自分の存在意義をどこに置けばいいのか分からなくなる。
男性の育児休業を取る人はようやく3割を超えましたが、現実には「取りたくても取れない」「取っても居場所がない」という声も、まだまだ多いんですよね。

空白は、男女のどちらも苦しめている

ここで大事なことをお伝えします。
これは「男 対 女」の対立ではありません。

古い台本が消えた空白の中で、女性も男性も、それぞれの形で立ちすくんでいる。
つまり、両方が同じ空白の被害者なんです。
相手を責め合っているうちは、この空白は埋まりません。本当の相手は、目の前の異性ではなく、台本を更新できていない社会の側なんですよね。

空白は、実は「自由」でもある

でも、私はこの空白を、そう悲観していません。
だって、台本が決まっていないということは、自分たちで書けるということですから。

「夫だから」「妻だから」ではなく、二人がどう生きたいかで役割を決めていい。
役割で人を縛るのではなく、相手の可能性を信じて、先に与え合う。そんな「持てる人」どうしの関係こそ、空白の時代の新しい台本になっていくはずです。

同時に、社会の制度も問われています。税や社会保障の多くは、いまだに「夫が稼ぎ、妻が支える」という古い台本を前提に作られたまま。これを現実に合わせて書き直すことは、立派な政治の仕事です。
役割の空白は、一人ひとりの工夫と、社会の制度設計、その両方で埋めていくものなんだと思います。

出典:労働政策研究・研修機構「専業主婦世帯と共働き世帯」、厚生労働省「雇用均等基本調査(男性の育児休業取得率)」。

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