社会・論考

若者はなぜ
恋愛から降りるのか

関口美奈子

こんにちは。関口美奈子です。
「恋愛離れ」「草食化」——若者が恋愛をしなくなった、と言われて、もう、ずいぶん経ちます。恋人がいない若者は増え続け、「恋愛に興味がない」と答える人も、珍しくなくなりました。
でも、私は思うのです。若者は、恋愛が「できない」のではなく、自ら「降りている」のではないか、と。電車を、途中の駅で降りるように、恋愛という乗り物から、静かに降りていく。今日は、この「恋愛降車」という現象の、本当の理由を、考えてみたいと思います。

「できない」ではなく「降りる」

まず、捉え方を、変えてみましょう。恋愛離れを、「若者が、恋愛能力を失った」と見るのは、たぶん、的外れです。多くの若者は、恋愛が「できない」のではなく、「あえて、しない」という選択を、している

かつて、恋愛は、誰もが乗るべき「人生の本線」でした。乗らない人は、「降りた」のではなく、「乗り遅れた」と見なされた。でも、今は違います。恋愛という路線から降りても、別の生き方が、ちゃんとある。趣味、仕事、友人、推し。降りた先の駅にも、豊かな景色が広がっている。だから、若者は、引け目を感じることなく、静かに、恋愛から降りていくのです。

なぜ、降りるのか

では、なぜ、降りるのでしょう。理由は、一つではありません。いくつもの線路が、同じ方向を、指しています。

一つは、傷つくことへの、恐れ。SNSで、他人の幸せと自分を比べ、断られる痛みを、過剰に想像してしまう。一つは、効率という、信仰恋愛はタイパが悪いと、合理的に判断する。そして、もう一つは、「降りても、困らない」という、環境。一人でも、十分に楽しく、快適に暮らせる時代。——これらが、重なって、「わざわざ、しんどい恋愛に乗る理由が、見当たらない」という空気を、作っているのです。

降車の先にある「静かな寂しさ」

恋愛から降りるのは、一つの自由です。誰にも、責められるものでは、ありません。けれど、その自由の先に、何が待っているのかも、見ておく必要があります。

恋愛を降りた快適さは、たいてい、若いうちにだけ、輝きます。一人の自由は、年齢とともに、「静かな寂しさ」へと、姿を変えていくことがある。孤独化する社会の中で、ふと気づくと、深く結びついた人が、誰もいない。降りた駅は、最初は快適でも、長くいると、人けのない無人駅だった——そう感じる日が、来るかもしれない。降りる自由と、降りた後の景色は、分けて考える必要があるのです。

降りた人を、責めない社会へ

ここで、大切なことを言っておきたいのです。恋愛から降りた若者を、「最近の若者は」と、責めても、何も解決しません。むしろ、降りざるを得ない環境のほうを、問うべきです。

傷つくことが、過剰に恐ろしく感じられる社会。効率だけが、価値とされる空気。出会いの場が、やせ細った日常。——若者が悪いのではなく、恋愛という乗り物が、乗りにくくなっているのです。だとすれば、私たち大人がすべきは、説教ではなく、もう一度「乗ってみてもいいかな」と思える、安心な乗り場を、社会の中に作り直すこと。降りる自由を尊重しながら、乗る選択肢も、ちゃんと残しておくことです。

それでも、降りなくていい人へ

最後に、いま恋愛から降りようとしている、あなたへ。降りるのも、立派な選択です。でも、もし、心のどこかに、「本当は、誰かと、温かい関係を築きたい」という気持ちが、わずかでも残っているなら——その声を、効率や、恐れで、かき消さないでほしいのです。

恋愛は、たしかに、しんどい。でも、誰かと深くつながる喜びは、降りてしまっては、決して味わえません。乗りにくいなら、伴走してくれる人と、一緒に乗ればいい。安心できる出会いの場で、無理なく、一歩を踏み出せばいい。降りる前に、もう一度だけ、自分の本当の気持ちを、確かめてみてくださいね。
恋愛離れや孤独をめぐる社会のお話は、講演や取材でもお伝えしています。ご関心のある方は、よければお気軽にご相談ください。

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よくある質問

若者の恋愛離れは本当に起きているのですか?
「できない」のではなく、自ら「降りて」いる人が増えています。私はこれを「恋愛降車」と呼びます。恋愛の優先順位を下げる、静かで主体的な選択です。
なぜ若者は恋愛から降りるのですか?
傷つくリスクや手間が、得られるものに見合わないと感じるからです。SNSや効率志向で恋愛のハードルが上がり、降りるほうが合理的に見える環境になっています。
恋愛から降りた先に何が待っていますか?
身軽さの一方で「静かな寂しさ」が残ることがあります。降りた人を責める必要はありません。ただ、本当は降りなくていい人まで降りているなら、もったいないことです。

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