心理学

社会的交換理論とは

関口美奈子

社会的交換理論とは、人間関係を、相手に与えるものと、相手から得られるもののやりとりとして捉える心理学の考え方です。差し引きの満足が大きいあいだ関係は続き、その均衡が崩れた状態が長く続くと、人は関係から離れていくと説明します。

こんにちは。恋愛心理研究家の関口美奈子です。
「人間関係は、与えるものと得るもののバランスで続く」。そう聞いて、少しだけ、胸がざらついた方もいるかもしれません。愛情を、そんな計算で語ってほしくない。その感覚は、まっとうです。
けれど、のべ3万人以上の男女と向き合ってきて、私が確信していることがあります。この理論をいちばん知っておくべきなのは、計算高い人ではなく、いつも損をしてしまう、やさしい人のほうだということです。今日は、「社会的交換理論」を、恋愛と人間関係の視点で、お話しします。

社会的交換理論とは

社会的交換理論とは、人と人との関係を、お互いが差し出すもの(コスト)と、受け取るもの(報酬)の交換として見る考え方です。人は無意識のうちに、この差し引きを見ていて、満足が上回るあいだは関係を続け、下回る状態が長引くと、距離を置いていきます。

ここで誤解されやすいのが、「報酬」という言葉です。これはお金や物のことではありません。話を聞いてもらえた時間。名前を呼ばれる心地よさ。一緒にいると呼吸が浅くならない安心感。会ったあとに、自分を少し好きになれる感覚。人が本当に受け取っているのは、こういうものです。数えられないけれど、確かに残高がある。人間関係とは、そういう不思議な通帳のやりとりなのです。

「損得で語らないで」という抵抗感の正体

それでも、恋愛を交換として語ることに、抵抗を感じる方は多いです。私は、その抵抗にこそ意味があると思っています。抵抗の正体は、たいてい「値踏みされたくない」という願いだからです。

年収、外見、年齢。そういう分かりやすい札だけで自分が測られることに、人は深く傷つきます。ところが面白いことに、社会的交換理論が扱う報酬は、そんな札よりもずっと幅が広い。条件の欄には一行も書けないのに、「この人といると、自分がまともでいられる」という理由で選ばれ続けている人を、私は何人も見てきました。つまりこの理論は、条件で人を並べる話ではなく、条件では説明できない価値が、なぜ効くのかを説明する話なのです。

関係が切れるのは、「差し引き」ではなく「見込み」が崩れたとき

もうひとつ、大事な視点があります。人は今この瞬間の損得だけを見ているのではなく、「この関係は、これからどうなりそうか」という見込みで判断しています。

今は苦しくても、二人で積み上げている手ごたえがあれば、人は驚くほど耐えられます。反対に、居心地は悪くないのに、「ここから先、何も変わらない」と感じた瞬間に、人はふっと心を離します。長く付き合った相手との別れが、決定的な事件ではなく、静かな夕方に決まってしまうのは、このためです。関係を続けたいなら、今日の満足だけでなく、未来の見込みを一緒に描けているかを点検してみてください。恋愛が段階を踏んで深まっていく道すじについては、SVR理論の話も、あわせて読んでいただけたらと思います。

持てる人は、いつも「好意の先払い」をしている

ここからが、この理論のいちばん逆説的なところです。交換の理屈を知った人は、ふつう「損をしないように、もらってから返そう」と考えます。ところが実際に選ばれ続けているのは、その反対をやっている人たちです。

私はこれを、「好意の先払い」と呼んでいます。見返りの約束がない段階で、先に差し出せる人のことです。相手が話しやすいように、こちらから少し自分を開く。相手の小さな変化に、気づいた側から声に出す。お礼の連絡を、期待される前に送る。この先払いができる人は、いつも相手より一歩早く、関係の主導権を持っています

なぜ効くのか。人は、受け取ったものを返したくなる生き物だからです。これを返報性の原理といいます。先に渡した人は、相手の中に「返したい」という気持ちを生み、その気持ちが、次の一歩を運んできます。もらう前に与える人が、結局いちばん多く受け取っている。これは、きれいごとではなく、心理の構造としてそうなっているのです。

ただし、「尽くす」と「先払い」は別ものです

ここは、はっきり分けておきたいところです。尽くしているのに大切にされない、という相談は本当に多いのですが、その多くは、先払いではなく「請求書つきの贈り物」になっています。

見返りを心の中で数えながら渡すと、それは相手に伝わります。渡されたほうは、もらった喜びよりも先に、返さなければという負債感を覚える。負債感が積み上がった相手は、感謝ではなく、逃げ場を探しはじめます。先払いの条件は、返ってこなくても平気でいられる量に、あらかじめ抑えておくこと。自分の残高が減りすぎない範囲で渡す。これができる人の与え方は、軽やかで、相手を追い詰めません。もうひとつ、相手が欲しいものと、渡しているものがずれていないか。ここも、ときどき見立て直してみてください。

まとめ:交換の理屈を知る人ほど、やさしくなれる

社会的交換理論は、人間関係を、与えるものと得るもののバランスで捉える考え方でした。関係が続くのは、差し引きの満足があるあいだ。そして人は、今の損得だけでなく、これから先の見込みを見ています。

この構造を知ると、恋愛は打算的になるどころか、むしろ整います。自分が相手に何を渡せているのかを、はじめて具体的に考えられるようになるからです。安心を渡せているか。相手を、自分を好きでいられる気分にできているか。そして、返ってこなくても平気な量で、先に差し出せているか。好意の先払いができる人のまわりには、静かに、良い人が残っていきます。
こうした心理学を、恋愛や人間関係に活かすお話は、講演でもお伝えしています。ご関心のある方は、よければお気軽にご相談ください。

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よくある質問

社会的交換理論とは何ですか?
人間関係を、相手に与えるものと、相手から得られるものとのやりとりとして捉える心理学の考え方です。差し引きの満足が大きいあいだ関係は続き、その均衡が崩れた状態が長く続くと、人は関係から離れていくと説明します。
恋愛を損得で考えるのは、冷たいことではないですか?
冷たいこととは限りません。ここでいう報酬には、安心感、笑顔、話を聞いてもらえる時間といった、お金にならないものが多く含まれます。むしろ、自分が相手に何を渡せているかを意識できる人ほど、相手を大切に扱えます。
尽くしているのに大切にされないのは、なぜですか?
見返りを期待した与え方になっている場合、相手には請求書のように伝わってしまうためです。また、相手が受け取りたいものと、渡しているものがずれていることもあります。相手の欲しいものを見立て直し、返ってこなくても続けられる範囲に量を戻すと、関係は落ち着きます。

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