こんにちは。恋愛心理研究家の関口美奈子です。
今日はニュースから入ります。
株式会社オミカレによる婚活実態調査で、婚活中の810人に「婚活を始めたきっかけ」を聞いたところ、最も多かったのは「年齢への焦り(56.9%)」でした。次に多かったのが「効率よく出会えるサービス(43.6%)」。そして7割が“結婚への壁”を感じていたといいます。
数字だけを見ると、焦りに追い立てられて婚活の門をくぐる人が多い、と読めます。
でも私は、現場で別のことに気づいています。
焦りは、婚活を始める理由としてはとても優秀です。
難しいのは、その焦りの時計を、始めたあともずっと腕に巻いたままでいることのほう。
社会から借りた時計で踏み出すのは、恥ずかしいことではありません。大切なのは、どこかで自分の時計に巻き直すこと。
今日はその仕組みを、心理学の言葉でほどいていきます。
「年齢への焦り」は、社会的時計が鳴らす音
発達心理学には、社会的時計(ソーシャル・クロック)という考え方があります。人は、自分が暮らす社会の「この頃までにこれを済ませるもの」という暗黙の時刻表を心の内側に持っています。そして自分の歩みをそれと照らし合わせながら、「早い」「遅い」「ちょうどいい」を感じている、というものです。
この時刻表は、誰かが紙に書いて配ったものではありません。友人からの結婚の報告、親戚の集まりでの何気ない質問、職場の雑談、ドラマの登場人物の暮らしぶり。そうした小さな情報が少しずつ積み重なって、いつのまにか内側の針になっていきます。だから、社会の中で暮らしている人なら、誰の胸にも多かれ少なかれ、この時計は入っています。
「年齢への焦り」が始めた理由の最多に挙がったのは、私には自然なことに見えます。焦りは、その時計が鳴った音だからです。本人の性格が弱いわけでも、考えが浅いわけでもありません。時刻表と自分の現在地のあいだに差を感じたとき、心はきちんとアラームを鳴らす。それだけのことです。
ただ、ひとつ覚えておきたいのは、その時計の多くが借り時計だということ。自分で選んで巻いたというより、周りの声や空気から借りてきた時計です。借り物だから悪い、という話ではありません。借りた時計にも、ちゃんと時刻を知らせる力はあります。問題になるのは、借りたことを忘れたまま、ずっと腕に巻き続けてしまうときです。
損失回避と締め切りが、焦りを行動に変える
焦りがここまで強い動機になる理由は、もう一つの心理学の定説でも説明できます。行動経済学のプロスペクト理論が示す損失回避です。人は、同じ大きさの得と損があれば、損のほうを重く感じます。何かを手に入れる喜びより、手元にあるものを失う痛みのほうに、心が強く反応するのです(くわしくはプロスペクト理論の記事で書きました)。
年齢への焦りは、この損失の感覚とよく結びつきます。「いい人に出会えるかもしれない」という得の想像より、「このまま時間が過ぎていく」という失う想像のほうが、ずっと鮮やかに胸に迫る。だからこそ、それまで迷っていた人が、ある日ふっと登録のボタンを押すのです。
さらに、締め切りには人を動かす力があります。期限のない用事はいつまでも後回しになり、期限が見えたとたんに手が動く。婚活でも同じことが起きます。先延ばしの心理でも書いたとおり、時間は与えられたぶんだけ膨らむもの。自分の中に締め切りが生まれた人は、膨らみ続けていた「そのうち」に、初めて区切りを入れられます。
そう考えると、二番目に多かった「効率よく出会えるサービス(43.6%)」という理由も、焦りと同じ線の上に見えてきます。限られた時間を大事にしたい人にとって、効率を求めるのはとても誠実な選択です。焦りが火をつけ、効率がその火を運ぶ通り道になる。数字の並びは、そういう心の動きを映しているように私には読めます。
借り時計のまま歩くと、相手が「間に合う人」に見えてくる
のべ3万人以上の方とお会いしてきて、私がいちばんよく目にしてきたのは、焦りで始めたこと自体のつまずきではありません。始めたあとも、借り時計の秒針だけを見つめ続けてしまうことのほうです。
借り時計で相手を見ると、評価の物差しが少しずつ変わっていきます。「この人と話していて楽しいか」より先に、「この人で間に合うか」という問いが立ち上がる。お見合いの帰り道に思い返すのが、相手の笑い方や言葉の選び方ではなく、進み具合の計算になっていく。それは真剣さの裏返しなのですが、計算の多い時間は、会話の温度をそっと下げてしまいます。
7割が感じていたという“結婚への壁”も、この時計と無関係ではないように思います。壁の高さは、どの時計で測るかによって変わるからです。借り時計の文字盤で測ると、出会いの数も交際の進み方も「足りない」「遅い」に見えやすい。同じ一歩でも、壁を前にした重たい一歩に感じられてしまうのです。
もう一つ、借り時計には特有の揺れがあります。鳴っているあいだは走れるけれど、音が小さくなると、とたんに足が止まる。焦りが落ち着いた週は何もしたくなくなり、誰かの結婚の知らせでまた急に走り出す。この波のしんどさについては婚活の焦りの整え方でも触れました。動力が外から来ているかぎり、ペースも外に握られてしまうのです。
「秋惜しむ」心で、自分の時計に巻き直す
この記事が出る十月の終わりは、俳句の季語でいえば「秋惜しむ」の頃です。去っていく季節を、名残惜しく思う心。日本語は昔から、過ぎていく時間を惜しむ気持ちを、恥ずかしいものとしてではなく、季節の美しさの一部として詠んできました。
惜しむ心があるのは、その時間を大事に思ってきた証です。年齢への焦りも、根っこは同じだと私は思います。自分の人生の時間を、誰かと分かち合う形で使いたい。その願いが本物だから、時計が鳴る。だから焦っていいし、焦りをきっかけに婚活を始めていいのです。きっかけの出どころを恥じる必要は、どこにもありません。
そのうえで、穏やかに続いていく人たちは、どこかの時点で時計を巻き直しています。文字盤に刻むものを、「いつまでに」から「どんな毎日を」に変えるのです。たとえば、休日の朝をどう過ごしたいか。疲れて帰った夜に、どんな言葉をかけ合いたいか。その景色を描けると、時計の針は年齢ではなく、自分の願いのほうを指しはじめます。
巻き直しの最初の一手は、とても小さなことで足ります。焦りを感じたときに、「今鳴っているのは、誰の声だろう」と一度だけ問いかけてみること。友人の報告の声なのか、家族の声なのか、それとも自分自身の声なのか。音の出どころがわかるだけで、借り時計は少しずつ、自分の時計に変わっていきます。
まとめ:焦りは入口の鍵、歩く速さは自分で決めていい
婚活中の810人に聞いた調査で、始めた理由の最多は「年齢への焦り(56.9%)」でした。この数字は、焦る人が多いという事実である以上に、社会的時計がそれだけ多くの人の背中を押しているという事実です。
損失回避と締め切りの力が、焦りを行動に変える。それは人間らしい心の働きで、責められるものではありません。ただ、借り時計のまま歩き続けると、相手を見る目にも、自分の歩みにも、余計な計算が入りこみます。始めたあとのどこかで、文字盤を自分の願いに描き替えること。それが、長く穏やかに続けていくための分かれ道だと私は考えています。
焦りは、扉を開ける鍵。歩く速さは、自分で決めていい。
行く秋を惜しむように、自分の時間を慈しみながら。その時計がどんな時刻を指していても、そこから始まる出会いはちゃんとあります。
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