社会・論考

アプリ婚、過去最高30.4%
その裏で増える「比較保存」

関口美奈子

こんにちは。恋愛心理研究家の関口美奈子です。結婚相談所「エースブライダル」を運営しています。
今日もニュースから入ります。明治安田生命の調査で、1年以内に結婚した夫婦の出会いのきっかけは「マッチングアプリ」が30.4%で過去最高、3年連続で首位になりました。もう、アプリで出会うことは特別なことではなく、ごく普通の出会い方になっています。
一方で、同じ婚活の現場では「婚活疲れ」が増えているという声もよく聞きます。候補がこれだけ増えたのに、むしろ決められない人が増えている。矛盾しているように見えて、これは心理学できちんと説明できる現象です。今日はその仕組みを読み解きます。
この話は、特定のサービスの良し悪しを採点するものではありません。恋愛心理の視点から見える「選び方」の構造の話として読んでください。

「アプリ婚、過去最高」が隠している、もう一つの動き

マッチングアプリ経由の結婚が過去最高になったというニュースは、婚活の民主化として語られることが多いです。実際、以前は候補と出会う手段がごく限られていました。今は、暮らしながら、候補の数だけなら誰でも大きく増やせます。

けれど、現場で見えるのは別の顔です。候補が増えたぶんだけ心が軽くなった人もいれば、むしろ疲れ切ってしまった人もいます。候補の数と、決める力は、同じ方向には伸びません。むしろ、候補が増えるほど決める力が弱くなる人が一定数いることを、相談の現場では何度も見てきました。

実際の面談でも、こんな言葉をよく聞きます。「いい方なんですけど、まだ他のやり取りも残っているので」。候補が一人しかいない時代なら、この言葉は出てきません。候補が増えたこと自体はありがたいはずなのに、その多さが決断を先延ばしにする理由にもなっている。ここに、過去最高という数字の裏側があります。

候補が増えるほど、決める力は強くなるはずなのに

心理学には「選択のパラドックス」という、実証された考え方があります。選べる数が多いほど、人は良い選択ができて満足するはずなのに、実際には選択肢が増えすぎると満足度が下がり、決断そのものが遅くなるという現象です。ジャムの売り場で種類を絞ったほうが購入率が上がった、という実験でよく知られています。

マッチングアプリは、まさにこの状況を日常に持ち込みました。アプリを開けば、次の候補が常に表示される。候補が無限に見える環境では、「今、この人を選ぶ」という決断の重さが増していきます。選ばなかった候補の分だけ、失うものが増えるように感じられるからです。

この現象の面白いところは、候補の「質」が下がったわけではないということです。アプリに現れる候補の数も、プロフィールの充実度も、昔より確実に上がっています。にもかかわらず決断が重くなるのは、良し悪しの問題ではなく、選べる余地がどれだけ残っているかという、環境の設計の問題だからです。

「比較保存」という、新しい迷い方

この環境で起きやすいのが、候補を一人に絞らず、複数のまま持ち続ける振る舞いです。気になる相手が現れても、すぐに関係を深めるのではなく、他の候補との比較のために、関係を保存しておく。アプリを開けば次の候補を見られるという前提そのものが、この振る舞いを自然に生み出します。

比較保存は、悪意があってすることではありません。「もっと良い組み合わせがあるかもしれない」という可能性を手放すのが怖いから、全部を保存しておく。これは、候補が無限に見える環境が人に起こさせる、ごく自然な反応です。偶然の絶滅で書いた「好みの檻」とは別の仕組みで、こちらは「絞れない」という形の迷いです。

比較保存が厄介なのは、本人が「まだ検討中」としか感じていないことです。やめているつもりはなく、むしろ慎重に選んでいるつもりでいる。でも、保存している候補が増えるほど、どの関係にも本気で向き合えなくなり、結果として全部が中途半端なまま止まってしまいます。これは慎重さではなく、決める作業をずっと先送りにしている状態です。

「もっといい人がいるかも」が、一番の壁になる理由

ここで働くのは、損失回避という、実証されたもう一つの心の仕組みです。人は、得ることより失うことのほうを強く恐れます。一人を選ぶというのは、同時に「他の全員を選ばない」という決断でもあります。候補が多いほど、選ばなかった側に失うものがたくさんあるように見えてしまうのです。

だから「決められない」のは、相手の魅力が足りないからではありません。候補を保存し続けること自体にも、静かにコストがかかっているということに、多くの人は気づいていません。保存している間、関係は深まらず、相手を待たせ、自分自身も前に進めない。保存は無料ではないのです。

さらに言えば、保存した候補がいつか本当に比較の決め手になることは、ほとんどありません。多くの場合、保存は安心のためだけに存在し、実際には開かれないまま時間だけが過ぎていきます。比較のための在庫は、増やすほど安心に見えて、実は決断を遠ざける重さに変わっていくのです。

まとめ:候補の数ではなく、向き合う一人を決める

マッチングアプリ経由の結婚が過去最高になったのは、出会いの手段が広がった、良い変化です。同時に、候補が増えたことで「比較保存」という新しい迷い方が生まれたのも、事実としてあります。どちらも、あなたの意志が弱いからではなく、候補が無限に見える環境が人の心に起こす、自然な反応です。

大切なのは、候補をゼロにすることではなく、比較を終える一人を、自分で決めることです。保存をやめて、目の前の一人に向き合う。そこで初めて、関係は動き始めます。過去最高の数字の先には、選ぶ技術ではなく、決める勇気が待っています。

アプリで出会えること自体は、これからも増えていくでしょう。だとしたら、これからの婚活で差がつくのは、候補を見つける力ではなく、見つけたあとに比較を終える力だと私は考えています。候補の棚を増やすより、一つの候補に腰を据える覚悟のほうが、ずっと希少で、ずっと効きます。アプリは出会いを増やす道具であって、決断を代わりにしてくれる道具ではないのです。

よくある質問

マッチングアプリ経由の結婚が増えているのに、婚活疲れも増えているのはなぜですか?
候補の数と、決める力は同じ方向には伸びないからです。心理学の「選択のパラドックス」にあるように、選べる数が増えるほど満足度が下がり、決断が難しくなることがあります。候補が増えたことは良い変化ですが、同時に「比較保存」という新しい迷い方も生まれています。
「比較保存」から抜け出すには、何をすればいいですか?
候補を一度に全部比較しようとせず、向き合う相手を先に一人決めてみてください。保存し続けること自体にもコストがかかっています。決めることで失うものを数えるより、決めることで動き出す関係に目を向けるほうが、結果的に前に進みやすくなります。
候補をたくさん見ること自体は、よくないことですか?
候補を見ることそのものは問題ではありません。問題は、見続けることと決めることを、無期限に両立させようとすることです。比較のための時間に区切りをつけ、ある時点からは一人に向き合う。その切り替えができれば、候補の多さはむしろ良い材料になります。

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